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東京高等裁判所 昭和60年(う)682号 判決 1987年1月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月及び罰金三〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人古川健次郎、同高田治、同桜井清、同佐久間幾雄共同作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充申立書に、これに対する答弁は、検察官三ツ木健益作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  理由不備をいう主張の一について

所論は、原判示第一及び第二の各事実につき、これらの事実における各放射線照射行為ないし注射・点滴・膀胱洗浄の処置行為は、それぞれが一罪を構成するから、これらを併合罪として処断すべきであり、各行為毎に犯罪日時、対象患者名を特定し、他の事実と判然区別して判示すべきであるのに、原判決が、単に、行為者、検査実施の始期・終期、回数を特定するに止めたことは、判示方法として不十分であり、理由不備にあたる、というのである。

しかしながら、所論各事実は、いずれも、職業犯ないし営業犯として、構成要件上業としてなされることを予定しているのであるから、業としてなされた個々の行為が併せて一罪を構成すると解すべきことは明らかであつて、所論はその前提において失当であり、原判決に所論の理由不備の違法は存しない。論旨は理由がない。

二  理由不備をいう主張の二について

所論は、原判示第三の事実につき、原判決は犯罪行為の態様として単に死体の脳摘出解剖を行つたとのみ判示しているが、死体解剖保存法二条違反の罪となるべき事実を判示するには、東京高裁昭和二九年六月八日判決(高裁刑集七巻五号七八四頁)の示すように、死体解剖の目的、損傷を加えた部位、態様を記載する必要があると解すべきであるから、原判決には理由不備の違法がある、というのである。

よつて、判断するに、有罪の判決における罪となるべき事実の判示としては、刑罰法令各本条の構成要件に該当すべき具体的事実をその構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にし、その各本条を適用する事実上の根拠を確認しうるようにするをもつて足りると解されるところ、原判決は、被告人が医療業務に従事していた旨本件が医学研究の目的でなされたことを窺わせる判示をするほか、死体の脳摘出解剖を行つた旨判示しており、これが死体の頭皮を切り開き、頭蓋内から脳を摘出した事実を示した趣旨であることは明らかであつて、所論引用の高裁判例の趣旨に反するところはなく、且つ、前示罪となるべき事実の判示方法に関する要請は満たされているものと認められるから、原判決に所論の理由不備の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

三  訴訟手続の法令違反をいう主張について

所論は、原判示全事実につき、原判決は、量刑の理由中で、「看護職員の一部の者が、患者の一名に対し執拗かつ激烈な暴行を加え、死に至らしめ、他の一名にも暴行を加えたとして起訴されていることは、当裁判所に顕著な事実である。もとより右事案は別件として審理中であり、その内容についてここで詳しく言及すべき限りではないが、右事件の被告人らは、死亡の結果との因果関係を争つてはいるが、暴行の事実自体はこれを認めているのである。病人を預り治療すべき病院として、まことにあるまじき一大汚点である。」、「単に道義的責任といつて済まされる問題ではなく、少くとも監督責任として重大であり、本件においても右の限度で量刑上重要な要素として考慮せざるを得ない。」などと判示しているが、これは、他の裁判所が審理していた事件の実体的な審理内容を、証拠もないのに直ちに本件の量刑資料として用いたものであるところ、このような他事件の実体的な審理内容を裁判所に顕著な事実であるとして証明を要しないと解することはできず、原判決は、著しく被告人の防御権を奪い、ひいては裁判を受ける権利を害するものとして、憲法三一条、三二条、刑訴法三一七条に違反する、また、仮に、右傷害致死、暴行事件の審理内容が裁判所に顕著であり、証明を要しない事項であるとしても、原判決はこれらの事件を量刑上重要な要素として考慮するとしているのであるから、実質上これらの事件につき被告人を処罰したと同じことになり、これは起訴されていない事件を起訴事実と同様に重く処罰したことになるので、憲法三一条、三二条、三七条、三九条、刑訴法三一七条に違反する、そして、これらの違法は、いずれも、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて判断するに、原判決は、量刑の理由において宇都宮病院における作業療法なるものの実態について考察し、これによると被告人の患者一般に対する人格無視の姿勢が顕著にうかがわれるとしたうえ、被告人の右姿勢は看護職員に反映し、人手不足や職員個人の資質とあいまつて職員間で患者に対する人間愛の視点がともすれば等閑に付され、患者は危険で扱い難いという視点ばかりが強調され、これが本件記録中にも散見される、度重なる患者に対する暴行事件の原因となり、患者が日ごろ職員に対し畏怖感を抱くという異常な状況が生じたとし、そのいわば頂点に位する事例であるとして所論傷害致死、暴行事件に言及し、同病院の看護職員の一部の者が患者の一名に対し執拗かつ激烈な暴行を加えて死に至らしめ、他の一名にも暴行を加えたとして起訴されていること(このことは裁判上顕著な事実であるとする。)、同事件の被告人らは、死亡の結果との因果関係を争つているものの暴行の事実自体はこれを認めていること、この事件は、病人を預り治療すべき病院としてまことにあるまじき一大汚点であること、これらの職員の暴行に関しては、被告人は、単に道義的責任を負うばかりでなく重大な監督責任を負うこと、本件においては右の限度で(監督責任を負う限度で、の意と解される。)量刑上重要な要素として考慮せざるをえないこと等を肯認、判示したことが明らかである。

以上によると、原判決は、単に本件記録の証拠中でも散見されるとされる度重なる暴行事件に関する被告人の監督責任を肯認したにとどまるものでなく、前示のように執拗かつ激烈な暴行による傷害致死及び暴行各事件が起訴されるに至つたことが裁判所に顕著な事実であるとしたほか、特段の証拠による証明なくして、右起訴にかかる態様の暴行行為自体が存したことは否定できない趣旨を示していることが判文上明らかであり、その前提に立つて、これは宇都宮病院にとつて一大汚点(不祥事)であることを認定し、これらを主たる根拠として、職員に関する被告人の監督責任が重大である旨を肯認したものと認めざるをえない。

しかしながら、以上のうち右各事件が起訴されたこと自体を除くその余の事実(起訴された態様の暴行行為が存在したこと等の事実)は、いまだなんら証明を要しない程公知となつているものとは認め難いうえ、これが原裁判所に顕著であるとしてなんらの証明を要しないと解することは、被告人の防御や上訴審による審査に支障をきたすことに照らして、相当でなく、結局、これらの事実は本件審理手続において証拠により証明される必要のある事実であると認められるから、原裁判所が証拠による証明なくしてこれを認定し、被告人が重大な監督責任を負うことの根拠とし、量刑上重要な要素として認定評価したことは、刑訴法三一七条の法意に照らして許されないものと解せざるをえない。

したがつて、原判決には、右の点において訴訟手続に法令の違反があり、原判決が右事実を量刑上重要な要素として考慮に入れたことは前示のとおりであるから、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よつて、論旨は右の点において理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

四  そこで、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件につきさらに判決をする。

原判決がその挙示する証拠により適法に認定した各罪となるべき事実にその挙示する法令を適用(刑種の選択、併合罪処理を含む。)し、処断刑期及び金額の範囲内で、後示諸般の情状を考慮し、被告人を懲役八月及び罰金三〇万円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

五  (量刑理由)原判決の量刑不当をいう所論にかんがみ、以下に量刑の理由を示すこととする。

(一)  先ず、本件各犯行に至る動機・経緯については、関係証拠によると、次のとおり認められる。

(1) 被告人の身上経歴は原判示のとおりであつて、被告人は、昭和三五年一二月医療法人報徳会を設立し、同三六年五月宇都宮病院を開設し、同三七年右報徳会理事長に、同四六年五月右病院院長に各就任し、爾来診療面において全責任を負うとともに同五二年ころ実弟裕郎を経営から手を引かせたのちは、経営面においても同病院を一手に統括し、同五九年四月同病院院長を退任するに至るまで、その職にあつたもので、その間部下職員への権限移譲を必要最小限に止め、自らが経営、医療各面の全般につき直接配慮するという態勢をとつていた。

(2) 被告人は、宇都宮病院を開設したころから、病院における医学研究の充実をはかり、併せて病院経営の安定を確保するためには病床数を凡そ一〇〇〇床に達せしめる必要があるとの考えの下に、右規模の達成を目指し、さらに院長就任後は精神医療関係の大学の創設を目指し、その資金確保をも目的として、保険診療報酬が大半を占める同病院の収入の増大をはかり、入院患者数の増大及びこれに伴う病院施設等物的設備の拡充に努め、昭和四六年東館病棟(四階建)が竣工、同四九年ころ職員宿舎(四階建)を精神病室等に用途変更し、アルコール中毒患者、薬物中毒患者等他院で受け入れを渋るような者をも積極的に受け入れて収容患者の増加をはかり、同五二年新館病棟(四階建)を建設したころからは老人患者をも受け入れるようになり、さらに、同五五年には総工費約一八億円を投入して本館病棟(七階建)の建築に着工し、同五七年三月その竣工をみ、これによつて同五八年九月には許可病床数が九二〇床に達した。

(3) 被告人は、本館病棟の建設に伴う借入資金による負担を軽減し、早期に借金体質から脱却するため、収容患者数を当時の七〇〇名台から一〇〇〇名台に乗せることで保険診療報酬を増加させ、少なくとも年間三億円余の元利金を返済することを企図し、同五五年ころから、病棟主任会議の席上等で、「来る者は拒まず。勝手に患者の収容を断つた者はくびだ。患者を一名紹介したら五〇〇〇円の謝礼金を出す」旨述べて督励し、同五七年九月ころ、許可病床数七〇〇台のまま無許可病棟に収容するなどして収容患者数を九〇〇名台に乗せたころには職員に大入袋を配り、同五八年中に一〇〇〇名台に乗せるよう指示し、同年一一月これが九八〇名に達すると、「今九八〇名だ。もう一歩で一〇〇〇名だ。目標一〇〇〇名を突破すれば大入袋を出すぞ。」と云つて督励し、ひたすら収容患者増に努め、これに伴つて保険診療報酬も増加を続け、同年度の同報酬は約二二億円に達した。

(4) このようにして保険診療報酬の増加をはかる一方、被告人は、同五二年ころから、経費を節減するため職員給与をできるだけ低く抑制し、同五五年本館病棟の建設に着工したころからは、年令が高く給与も比較的高くなりがちな看護士(婦)、准看護士(婦)等の資格者よりも、若くて低い給与で雇用しうる無資格者を増員してこれに資格者と同様の仕事をさせることにより人件費を抑制するとともに収容患者の増大に対処することとし、看護助手の名称で無資格者を積極的に採用するとともに、同五五年三月には准看護学校(二年制、同四八年設立)の学生定員を一学年二〇名から三〇名に増員するなどし、右学生にはつとめて資格者と同様の仕事をするように仕向けた。

(5) また、被告人は、院内の看護業務については資格の有無よりも作業能力の有無を基準に職員を配置し、資格の有無による給与額の差も僅少なものに止め、無資格の看護助手を病棟に配置して資格者と同様に当直勤務につかせてその手当も資格者と同額とし、看護助手が資格を取得してもこれに見合うだけの昇給措置をとらなかつたため、その際辞職していく資格者も多く、同五六年初めころには、病棟主任会議の席上で、「五〇才を過ぎたら給料は上らないものと思つてくれ。去る者は追わず。辞めて貰えば若い者二人雇える。五〇才過ぎたら大きな顔しないでくれ。のさばらないでくれ。」と申し渡すなどして給与額を抑制したため、収容患者が増えて、資格者が益々必要となつたにもかかわらず、むしろ退職する資格者が相次いだ。

(6) 被告人は、前示のとおり、その補充を無資格の看護助手を増加させることで乗り切ろうとし、このため同五五年秋ころには入院患者数八二〇名前後でこれに対する看護職員の法定必要数が約一三五名前後であるところ、資格者六七名前後、無資格者三五名前後で、いわゆる法定充足率五〇パーセント弱であつたものが、同年末ころ以降資格者は六〇名前後を低迷し、この間無資格者が次第に増加して同五六年末ころからは資格者とほぼ同数となり、法定充足率も四〇パーセント以下に低下し、入院患者数が九八〇名に達した同五八年一一月には法定資格者必要数一六三名のところ、資格者は六三名で、法定充足率三八・七パーセント、一〇〇名の不足という状況であつた。

(7) 以上のような状況にあつたため、被告人は、採用した看護助手を直ちに各病棟に配置し、いずれの病棟も資格者が不足しているので、看護助手に患者に対する注射等の処置をさせざるをえないような情況に置いたうえ、主任会議、院長回診、病棟巡視の機会をとらえて、病棟主任に対しては、「なんでも処置を教えてどんどん使え」と、また、看護助手に対しては、「どんどん仕事を覚えて何でもやらなければだめだ」とそれぞれ申し向けて督励し、同病院全体に、看護助手が資格者と同様注射等の処置をするのが当然との雰囲気を醸成した。

(8) 次に、被告人は、「患者を使えば何でも安くできる」旨公言し、治療効果を挙げる目的も併存したとはいえ、主として患者の労働力を活用することにより病院経費の節減をはかる目的で、作業療法と称して、精神病患者には、配膳、箱折、除草、事務の手伝い、カルテの整理等の軽作業を、アルコール中毒患者、薬物中毒患者等には、大工仕事、農作業、院内の土木工事、自動車小屋の建築、炊事、クリーニング等種々の仕事を、また、そのうち大学卒の患者には、回診の際のテープの翻訳、脳波・心電図等の各検査等の知的な作業をそれぞれ課した。

(9) 被告人は、このようにして、入院患者数を増大させて病院の収入をはかるとともに、人件費等の経費節減をはかつたが、一方では同五五年以降の被告人ないし家族名義の役員報酬所得及び家族の職員給与の名目による所得は、年間合計一億円余にのぼつていた。

(10) 被告人は、以上のような動機及び経緯の下に、原判示第一のように、その指示により、資格のない原文蔵をして多数回にわたるエックス線検査に従事させ、原判示第二1のように、その指示により、いずれもアルコール中毒の治療のため同病院に入院中の患者(一時期退院させて準職員扱いの形式にした者もあるが、実質は入院患者)の池田達郎、直井忠正、紋波勝見をして、脳波・心電図等の無資格検査に従事させ、さらに、原判示第二2のように、その指示により、資格のない同病院看護助手二九名をして、患者に対する注射、点滴、膀胱洗浄の処置に従事させた。

(11) このほか、被告人は、昭和四〇年ころから、死亡患者のうち稀症例についてその脳組織を標本化し、専門研究者と共同で学会等に報告・発表する目的で、脳の摘出を始め、当初は保健所長の許可を受けて行つていたものの、その後右許可を受けないで看護職員らに指示して解剖を行わせるようになり、原判示第三の犯行に及んだ。

(12) さらに、被告人は、作業療法の一つとして農作業を実施することとし、昭和五三年八月ころから同五六年一月ころまでの間に、田畑を購入したほか一部を賃借して、農作業用地として使用し、同五六年ころには右用地も大規模となり、米穀の収穫が相当量に達したところから、これを同病院の職員に販売することとして、原判示第四の犯行に及んだ。

以上のとおり認められ、これによると、被告人は、宇都宮病院の人的及び物的な規模を拡大して入院患者の可及的増加をはかる一方、資格のある看護職員を採用する努力を十分にしないばかりか、経費を節減するため、無資格者による各種検査、診療補助行為を多用する方針を立てて実行し、これを積極的に推進してきたものであつて、本件無免許で放射線を人体に対して照射することを業とした行為、及び、無免許で診療の補助をすることを業とした行為は、同病院の業務遂行上不可欠な作業として、被告人の経営方針自体に発し、これに深く根ざすものであつたことを考慮すると、右各犯行は、極めて計画的、組織的、かつ、長期間にわたる大規模なものであり、不備な人的治療態勢のもとでいたずらに多数の患者を受け入れて収入の増大をはかつたもので、この種医療事犯としては犯情が甚だ芳しくなく、実質的違法性の程度も高いといわなければならず、ひいては、本件は精神医療、医療一般、さらに医師に対する社会の信頼をゆるがせたものというべきである。

(二)  加えて、本件については、次のような諸事情を指摘することができる。

すなわち、(1)被告人が共謀のうえ無資格者をしてエックス線、心電図、脳波の各検査及び注射、点滴、膀胱洗浄をさせた点については、現実に右の者らの行為により患者が具体的な害を蒙つたことの証明は存しないものの、これらはその方法態様のいかんによつては患者の健康に害を与えるおそれのある行為(本件入院患者たる無資格者紋波勝見による脳波検査については、同人が被告人から一日六名宛検査するよう指示されるなど多数の検査の実施を求められていたこともあつて、被検者の頭皮や検査用の針の消毒を省略するなど非衛生的な態様で行われたことも認められる。)であつて、その罪質・態様は決して軽いものとはいえないこと、(2)精神科の病院においては、他科の病院に比して一般に資格を有する看護職員の確保が困難であり、また、精神科の診療費は比較的低額であることが認められるけれども、本件における無資格の検査ないし診療補助行為は、単にこれらの事情のみに起因するものでなく、被告人は、前示のとおり被告人及びその家族らの役員報酬等を相当高額のものとする一方、ことさら経費節減のため、あえて資格者数を法定必要数に近づける努力をしなかつたものと認めざるをえないこと、(3)前示のような被告人の経営方針に基づき同病院が他の病院で引受けに難色を示すようなアルコール中毒患者、薬物中毒患者を含め、多くの患者を収容し、その治療に当たつたこと自体は、とくに精神医療の多くの部分が民間の病院に委ねられているのが現状である我が国において、相応の社会的貢献をしたことになるとはいいうるものの、<1>同病院が前示の程度に入院患者を受け入れなければ他にこれを受け入れるべき施設が存しないというまでの緊急の情況が存したとは認められないこと、<2>多数の入院患者を受け入れる以上相応の治療態勢を整えるべきことは当然であるところ、同病院における人的な治療看護態勢は法律の予定するところに照らして甚だ不備なものであつたこと、<3>被告人が右の経営方針を採つた動機、目的は、前示のとおり、主として病院収入の増大に向けられたものであつたことなどを考慮すると、右のように他病院で引受けに難色を示す患者を含め多数の患者を収容して治療に当たつたという事情は、無資格の検査ないし診療補助行為の犯情としては必ずしも被告人に有利なものとばかりは評価することができないこと、(4)いわゆる作業療法については、原判決が適切に指摘するとおり、これがあくまで医療の一環として行われる以上、治療目的を確立し、治療経過、成績等を常に観察記録する必要があるというべきであり、漠然と当該患者に労働能力があるからといつて院内の作業に従事させること、とくに患者を使役することになることは避けるべきであるといわざるをえないところ、前示のような同病院における作業療法とされるものの実態は、右に挙げた要請に沿うものであつたとは認められず、ことに作業療法の一環と称し、もとより資格のない一部の患者をして多数の他の患者に対する重要且つ健康を害する恐れのある検査行為を累行させたことは、医療の倫理にも反し、医師たるものとして強い非難を免れないこと、(5)死体解剖保存法違反の点については、原判示のとおり、被告人は、遺族の承諾を得たものの、保健所長の許可を受けず、被告人ら医師は執刀はおろか解剖の場に立ち会うことすらせず、解剖実技についてなんら正規の教育訓練を受けたものでもない看護職員、果てはケースワーカーにまで指示して、見様見真似で脳の摘出を行わせていたもので、死者の尊厳を損ね、提供を承諾した遺族に対する態度として著しく礼意を失し、同法二〇条の趣意に反すること甚だしいものがあるといわなければならないこと、(6)被告人は、昭和五八年一〇月ころ栃木県内の人工透析施設小山クリニックで無資格者が人工透析(穿刺)をしたという医療事犯が発覚した際、一時、入院患者による脳波検査、無資格者による注射、点滴等針を用いる処置を中断させたものの、資格者の負担が過重になつたところから、同年一二月には従前の態勢に復させているもので、右の中断はほとぼりがさめるまでの一時しのぎのものにすぎず、その後はそれまでも一部行われていたような、資格者が実施したかのように仮装する罪証いん滅工作を徹底させ、また、無資格診療補助行為の記載のある業務日誌の作成をやめさせるなどして無資格の検査ないし診療補助行為を続けてきたものであること、(7)以上のような、被告人の同病院経営に関する基本的態度、診療体制の不備、患者一般に対する基本的姿勢が、前示各種無資格検査、無資格診療補助行為を計画的に推進させることになると共に、原審が取調べた関係証拠に加え、当審において取調べた証拠にかんがみると、看護職員に対する適切な教育訓練がなされなかつたことや職員の人手不足・資質等とあいまつて、有形無形に同病院内の雰囲気にも影響を与え、同病院においては、看護職員の入院患者に対するきめの細かい看護を一般に期待し難い情況となつており、時には患者に対する無用な暴力行使さえも是認する風潮を招来し、両者の間に信頼関係を欠いた好ましくない緊張関係が醸成されていたと認められるのであり、いずれも、これらは、被告人の経営・管理方針に根ざすものであるとの非難を免れないところであること等の事実が認められる。

なお、所論は、以上の認定に沿う被告人の捜査官に対する供述調書の内容は、被告人が同病院職員に刑責の追及が波及するのを防止して自己の一身に刑責を負うべく、捜査官の質問に迎合し、ことさら自己に不利なように虚偽の供述をしたものであつて、本件所為の動機、態様等の点については信用性がない旨をいうが、右供述調書の内容は具体的かつ自然で、なんら不合理な点がないうえ、その余の関係証拠ともよく符合しており、その任意性及び信用性を十分肯認することができる。これに対して、被告人の原審及び当審(供述書及び上申書を含む。)における各供述中前示認定に反する部分は措信することができない。

以上に考察したところを総合すると本件における被告人の刑事責任には軽視すべからざるものがあるといわなければならない。

(三)  してみると、宇都宮病院の建物施設は堅固かつ比較的整備されたものであり、医療機器も性能の良いものであつたこと、被告人は、週一回の割合でいわゆる症例研究会を開催し難症等の解明、研究を行うほか、精神医学(臨床部門)の研究にいそしんでいたものであること、被告人は、公的機関による精神鑑定等の求めに対してよく協力していたこと、前示のように人的治療看護態勢の不備等による非難は免れないものの、他病院で引受けに難色を示す患者を含め多数の患者を収容して治療したこと自体についてはその社会的貢献度において相応の評価が与えられるべきこと、被告人は、犯罪の前科前歴はなく、現在本件を反省して謹慎し、原判決までに栃木県保護観察協会に一〇〇万円を寄附し、原判決後は、関東保護観察協会に対しても一〇〇万円を寄附し、さらに、昭和六一年六月生活困窮の患者らを援助するため一〇〇〇万円を拠出して「石川報徳基金」を創設し、その運用を同病院内の基金運営委員会に委ねてその資金の一部を右の患者らに寄附又は貸し付けることにするなどして贖罪の意を表していること、同病院においては現在は比較的健全な運営が続けられているものと認められるところ、被告人は、既に報徳会理事長、宇都宮病院長、及び被告人経営の老人ホームの理事の職を辞し、今後同病院における経営、医療業務には一切関与しないとしていること、本件発覚後事件が広く報道されるなどして相応の社会的制裁を受けていること、被告人の年令など被告人のため有利に評価すべき点ないし被告人のため斟酌すべき点一切を十分勘案してみても、本件が被告人について刑の執行を猶予することが相当な事案であるとまでは思料されず、原判示第一ないし第三の各事実については相応の懲役刑の実刑を、また、原判示第四の事実についても相応の罰金刑をそれぞれ免れないものと認めざるをえない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田光了 裁判官 礒辺 衛 裁判官 坂井 智)

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